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本:思想・哲学 アーカイブ

2007年01月03日

エマニュエル・レヴィナス『存在の彼方へ』

エマニュエル・レヴィナス『存在の彼方へ』の感想。ちなみに読んだのは相当前です。

タイトルを全部訳すと、「存在するとは別の仕方で、あるいは存在することの彼方へ」と非常に回りくどいタイトルになる。

元のフランス語の文章が晦渋の極みであり、ギリシア語やラテン語の知識は勿論のこと現象学やら基礎的存在論とユダヤ教敬虔主義の知識等々を総動員しないと何を言っているのかさっぱり分からないという無茶苦茶に難解な文章で、翻訳はそれを補完するためにさらに分かりづらくなっている(それでも朝日出版社から出ていた版から比べるとかなり読みやすくなっている)という、取っ付きにくさからいえば酷いとしか言い様のない代物になっている。

だが、それに齧り付くように読み進めていく、あるいはその躊躇いに満ちたレヴィナスの思考の足跡を追い縋るように読み進めていくと、そこに現れてくるのは峻厳でありけれども愛と美しさを湛える彼の倫理である。反存在論というレヴィナスの立場は『全体性と無限』以来変化することはないのだが、その立場は本書においてより徹底的なものになっている。即ち、「私」は主体としてデカルト的な形で措定されるのではなく、他者に、他者の「顔」に直面することで一切の主体性を剥ぎ取られ、常にその身代わりとして現存することがその存在者としての不可避の様態であるということが強く強く強調されているのである。世界に対する意識、あるいは他者への責任は「私」の自由の上に成立するのではない。「私」を逃避の余地なく他者のそうした呼びかけ(懇願ともレヴィナスは言う)に曝す、そうすることで生じる応責性が一切の起源(あるいは存在)に先行するとレヴィナスは唱えるのである。この結果私は他者と無限の隔たりを強制されつつもそれに対して無限の責任を負うことで「他者」の悲惨を全て引き受ける身代わりとならざるをえない。

自己の自我に先行する義務、認識されうる起源を破壊してそれに永遠に先行する他者からの責任。この義務にそのまま生きることはほぼ不可能に近いのは言うまでもない。だけれども、他者からの哀訴、あるいは悲鳴に似た「語りかけ」に私が選択の余地なく向き合わされるとき、レヴィナスの他者論は強い示唆を与えてくれる。

原書なら絶賛してお勧めするのだが、翻訳はどうしても翻訳不可能性が立ちはだかってしまうので人を選ぶとは思う。

2007年01月13日

ヴェブレン『有閑階級の理論』

ヴェブレンの『有閑階級の理論』を去年の暮れに読んだ。
今となっては彼の消費理論は別に目新しくも何ともないし、同著作に関する極めて鋭く広射程の批評はアドルノの「ヴェブレンの文化攻撃」(『プリズメン』所収)で読むことができるが、このような思想を大恐慌前のアメリカ社会に叩き付けた思想家がいたということは、人間の知性、就中批判的精神に対する一つの救いであるように思う。

消費が所属階級の優位性を表象するためだけのものであり、文化とは即ち階級の宣伝行為であるという彼の衒示的消費についての考えは、確かに所謂制度派経済学として硬直化して捉えるのであれば、消費についての機能的契機(つまり食事には当然見栄もあるが生命活動を維持するという働きもあるわけで)を無視してしまうことは当然批判として想定しうる内容である。だが、そんなつまらない批判を越えて『有閑階級の理論』が攻撃するのは、もう一つは古代の野蛮、即ち略奪的経済の痕跡が今日の社会では経済行動という形で反復されているということであろうと思う。つまり、大昔石器時代の人間が自然界からの獲得物を戦果と武功の象徴として誇示していた行動が、今日では消費という形、あるいは家政形態で反復されているのだ。ここにおいてヴェブレンが見いだすのは、一見都市文明の栄華のように思われる文化活動そのものの中にも実は野蛮の痕跡がはっきりと存在しているということである。むしろ殺戮を伴わないだけでその文化活動は尚更啓蒙された野蛮の体裁を保存しているといってもいいだろう。
こうして考えると、アドルノがこの著作の中にそうした契機を見いだして論じたのも、『啓蒙の弁証法』との連関においてなるほどなと思わされるところがあるように思う。

制度派経済学を社会学に応用して論じたものといえば近年ではピエール・ブルデューの『ディスタンクシオン』なんかがメジャーだし、記号論の本なんかを読めばこの手の話はいくらでもお目にかかることができるが、古典として、そして一見謀略や殺戮とは最も無縁に思われる「文化」に澱む暴力と野蛮の消しがたい証拠について考えるためにも、こういう本は読んで然るべきだと思う。

でも、階級と文化活動に何の相関もない(cf.苅谷剛彦『大衆教育社会のゆくえ』中公新書)日本で暮らしてると、時にはそういう相関がある社会の方が色々と助かることがあるのにねえ、と思わないではないのもまた事実だったり、考え悩むことは少なくないのです。

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