OSはどこへ行こうというのか
7月25日、Windows95の次期バージョンであるWindows98が発売になる。当初予定されていた97年のリリースよりも約1年遅れての登場となった。パソコン業界ではWindows95発売当時のようなブームが起きることを望んでいる向きも多いようだが、海外で既に発売されているWindows98英語版などの情報に接する限り、その評判はあまりよくないようである。曰く、アップグレードはやっぱりうまく行かないし、Plug&Playが相変わらずダメであるとか、IEに統合されたシェルのせいでリソースを大量に消費し、結果として動作が遅くなった、等々。
某マックのようにアーキテクチャをがっちり囲い込んでいる閉鎖的な環境(その割にはMacOS8.1はUIの使いづらさといい動作の重さといい落ちやすさといい、最悪のOSといっていい。G3ファミリへの伏線だったとすればアップルも商売上手になったものだ)にPC/AT互換機がない以上、そういったナイーブな問題でトラブルがある程度起きるのは仕方がないといえば仕方がない。
しかし、さらに問題なのはMicrosoftのこれらに対する態度である。マーケットシェアをほぼ独占した同社の態度は尊大としか言いようがなく、頻々と寄せられる苦情に対してもほとんど無視に近いような態度を決め込んでいる。挙げ句の果てにはサービスリリースを急遽こさえて配布するという始末だ。英語版発売からまだ一月も経っていないのに、である。何のためにβテストをやったのかがまったか分からない。ソフトバンクやアスキーなどの雑誌に提灯記事を書かせるためだとしたら、これほど人を馬鹿にした話はない。が、多分そうなのだろう。ファイナルβテスト期間の異様な短さ(OEMに回す時間を計算すると、ファイナルβで寄せられたバグレポートにまともに対処する時間はほとんどないといっていい)が、そのいい証拠だ。
そんなバグ修正キットであるサービスリリースだが、これは「マルチメディア強化パック」というふざけた名前で配布されるという。NT4.0のときに余りにも多いバグゆえに顰蹙を買い、サービスリリースを立て続けに出さざるを得なかった同社の「サービスリリース」という言葉に対しての苦々しい思いが感じられて小気味いいが、そもそもバグまみれのOSを強いられて画面がブルーアウトするのを何度も何度も見せ付けられるエンドユーザーとしてはいい迷惑である。
その昔、Windowsのバージョンがまだ3.0とか3.1だった頃、Microsoftはユーザーからの声に随分と謙虚であった。Windows95βテストの段階でも寄せられたバグレポートにもそれなりに対応していた。α版の当初は存在していなかった「ごみ箱」が設けられたのも、ユーザーの声を反映してのことである。Windows95のあれほどまでの成功は、多分に打倒マックという色合はあったものの、ユーザーとアプリベンダーなどが何を望んでいるかに対して諸方面からの聞く耳をきちんとMicrosoftが当時持っていて、メディア各方面に対してそれなりの対応をしていたことによると言っていいだろう。マルチメディア機能が全滅に等しかったことや、ファイル操作が概念的すぎて分かりづらいなど、ユーザーとアプリベンダーの欲求に対して率直に答えようとしなかったOS/2(堅牢性という点からするとOS/2のほうがはるかに優れている)は、当時のコンピュータの性能に対して荷が重すぎたということもあって、コンシューマ市場からは事実上姿を消した。そしてその次期バージョンであるOS/2Warpで、OS/2には終止符が打たれた。次期バージョンでOS/2はJavaとの融合が図られるからだ。
しかしシェアを握ったMicrosoftの今のやり方はどうだろう。オフィススィートの価格釣り上げ(ロータスとコーレルを駆逐した瞬間、その価格は約3倍になった)に象徴されるように、やりたい放題と言っていいだろう。Word97がバグだらけなのを誤魔化すために急ごしらえのWord98をリリースしたり、ActiveXテクノロジーを無理矢理インターネットに対応させたせいでセキュリティホールがわんさとあるブラウザ(筆者も一度ひどい目に遭った)を提灯雑誌に無料でばらまいたり、そのおまけについてくるメーラーではデフォルトでシフトJIS&ヘッダに半角カタカナという荒技を平気でかましてくれるわ、プラットフォームを問わないのが謳い文句のJavaをただのスクリプト言語にすべくプラットフォーム別のJavaを作ろうと言い出すわ、まあしたい放題やりたい放題である。
その中でも最たるものが昨年配布が始まったIE4だろう。「Internet Exploder」の名前が示す通り、ブラウザとしての出来の悪さは言うまでもない(セキュリティホールは相変わらず次から次へと出てくる)のだが、一旦このブラウザをインストールするとWindowsがMacOS7.6へと化けてくれる。早い話がリソースを無茶苦茶に消費して、なおかつ頻繁にいきなりあっさりと全アプリを巻き込んでシステムごとお亡くなりになってしまうのである。特に元々お行儀の悪いNetscapeNavigator4.04(このブラウザも出来という点では「糞アプリ」の称号を授けたくなるものだが)との相性は最悪だ。そして気がつけば雑誌ではパソコンの推奨メモリは64メガバイトになっている。メモリの価格がいくら暴落したからといっても、現在売られているパソコンの標準搭載のメモリ量ではスワップだらけ(IE4を導入すると、32メガバイトのメモリ環境では普通約40メガバイトのスワップが発生する)になってとても使い物にならないような環境を、パソコンの蓋を開けたこともないような一般ユーザーの誰が歓迎するだろうか。嬉々として秋葉原や日本橋にメモリモジュールを買い出しに出掛けるのは、ごく僅かの中級以上のユーザーであることを忘れてはならない。他の圧倒的多数のユーザーは数年前と比べると劇的に性能がアップしたにもかかわらず、重さと安定性という点では以前よりひどいユーザーインターフェースに首をかしげながら、より一層フリーズし易くなったOSを唯々諾々と使わざるを得ないのである。
ユーザーが望んでいる環境は、こんな環境ではない。手っ取り早く言ってしまえば、軽くて、落ちにくく、容易にカスタマイズでき、そこそこ便利なユーザーインターフェースを備えたOSを、ユーザーは望んでいるのだ。IE4を導入すると確かにシェルの使い勝手は大幅によくなる。カスタマイズも各種オンラインソフトに頼らなくてもよくはなるので、オンラインソフトを知らないユーザーにとっては朗報だろう。だが、単にそのためであるならばここまでシステムを不安定にし、またシステムリソースを派手に食いつぶす必要はない。米田聡氏は同様のシェルを作るのであればせいぜい数MBあれば十分だといっている。が、IE4を導入した段階で新たに要求されるハードディスクの空き容量はブラウザを除いても50MB近い(ブラウザも導入すると90MB程消費する事になる)。
この差は一体何だろう。それがNetscapeを叩き潰し、Soket7を放棄するという経営戦略上の失敗によって互換メーカーの追い上げに焦燥感を隠せないIntelへの助け船を出すためでないとしたら、一体何のためなのか。そしてシステムが落ちることによって生じる損失を避けるために、IE4のインストールを禁止している企業も多いという事実もある。これではシステムの「進化」がユーザーのためでないことは一目瞭然ではないか。システムが健全な方向へと進化してくれるというのであれば、アナクロニズムに存在理由を見出す少数のユーザーを除いて、多くのユーザーはそれに賛同するはずだ。だが現状は違う。何も知らないユーザーは批判能力を失った新聞や雑誌の記事に従うままにIE4を導入し、不審に思いながらもその環境を使うことを余儀なくされている。そしてフラストレーションだけが蓄積されていく。結果としてユーザーはMicrosoftや巨大なアプリを連発するアプリベンダーへの不信感を抱くようになる。英語版Windows98の売り上げが楽天的予想に反して惨澹たる有り様になっているのはその現われである。このままでは、Windows98の売り上げは、95のそれの半分程度に終わるだろう。ちなみにIDCは「最初の18カ月間で販売されるWindows98の数は,同じ期間に売られたWindows95の17%に当たる553万〜665万本程度」と言っている。
そう、ユーザーのほとんどはもうウンザリしているのだ。自分と関係のないところで展開されている下らない縄張り争いのせいで迷惑を被るのは、もうコリゴリなのだ。アプリさえあれば、少しでもスキルのあるユーザーはLinuxなどへの移行を考えるだろう。少なくともシステム管理者の多くはそのように考えている。もはやOSはユーザーのためという視点を失いつつあり、単なる金の成る木、利益誘導のための手段に堕しつつある。そんな物をこちらが金を払ってまで使う義理はない。いっそのことソースコードを公開して、ブラウザ同様タダで配ってしまえばいいのだ。現にUNIX系のOSはフリーが大原則だ。オフィススィートで暴利をむさぼっているMicrosoftのことである。それで潰れるようなことはあるまい。
無論それは極論だとしても、今まで述べたことで分かる通り、現在のOSはユーザーを無視して突き進んでいることは事実だ。少なくとも私は、現在のままでは(どうせOSR2とかをすぐに出すんだろうが)Windows98へと移行するつもりはない。周囲の友人たちも同意見である。多分マルチリンガル環境にようやく対応の兆しが見え始めたWindowsNT5.0(NTFSというスカポンなファイルシステムはどうにかしてもらいたい。NTはOS/2がベースになっていることはバレバレなのだから、ここはいっそHPFSに切り替えたほうがいいんじゃないだろうか)のリリースを待つ事になるだろう。その前にアプリが出そろえばLinuxに移行するかもしれない。UNIX系のOSは既にマルチリンガル環境を実現しているからである。CHRPの放棄とかRhapsodyの失敗とかライセンシーの破棄など、ジョブスのわがまま一杯のでたらめな経営戦略のせいで末期症状を呈しはじめたMacOSになど勿論興味はない。多分MacOSは一部の狂信者を培養するために多くのユーザーを無視した最初のOSとなるだろうが、このままではWindowsもその衣鉢を継ぐ事になるであろう事は明らかだ。勿論Windowsは現有ユーザー数がMacなどとは比較にならないほど多いから、一気に消滅することはあるまい。だが、少しずつ、その版図は蝕まれるであろう事は想像に難くない。現にWindows完全互換のフリーOSは開発されており、完成もそう遠くないのである。その日こそ、Microsoftにとって、「怒りの日」となることは必定である。
だいぶ話がそれてしまった。
「時間が惜しければ、Windows98は使うな」
これが私の結論である。
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